KEN1の秘密

KEN1のちょっぴりデンジャラスな出来事とか日記とか・・

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

インド・ヒマラヤ大冒険 ~奇跡の国インド~ Episode零

2004年9月の中国のPWCセレクション(プレPWC)に続き、ちょうど一年前の2004年11月、インド・ヒマラヤ(カシミール地方の近く)でのプレPWCに参戦した。

林洲での、高さ1200m以上もある岩剥き出しの垂直な絶壁が延々と続く『中国のグランドキャニオン』や、インド山奥のヒマラヤでの巨大な山越え谷越えという、今まで味わったことのない未知の世界でのフライトは、今思い出すだけでも鳥肌が立つくらいエキサイティングで楽しく、共に過ごした仲間との生活も全部含めておいらにとって忘れられない体験だ。
devil wing  ←マイグライダー『デビルウィング』 in INDIA

一度まとめた文章があったのでそれを書こうかと思うけど、長い・・。でも、省略するのもめんどくさいし、Episode~に分けてちょこちょこ書いていくことにしよう。んで、インド滞在記はあえて全部「デンジャラスな記憶。」に入れることに。

インドでは、毎日がハプニングとあり得ない奇跡の連続。おいらは、インドという国を、奇跡の国と呼ばせてもらう。そのハプニング続出の大冒険の一部始終を伝えよう。

インド・ヒマラヤ大冒険 ~奇跡の国インド~ 
< Pre-Paraglider World Cup 2004 in India >
prePWCindia

'04 11/1(月)

壮絶な旅の幕開け ~出鼻とは、くじかれるためにあるものだ~

 今回の大会は、インドの北側・ヒマラヤ山脈を飛べるということもあり、大きな期待を胸に気合を入れていた。めいいっぱい楽しもう。そして無事に帰ってこなくっちゃ。
 前日まで土日の福井県スキージャム勝山の学生大会に参加し、学生飛び仲間とわいわい楽しんだのはよかったが、帰ってみると旅の用意を仕上げるのを全く忘れてたのでかなりアセッた・・・。



 HISで航空券を取ってもらった友達の言う通り、20kg以内の荷物二つにまとめる。そう、前回の中国では中華航空は合計28kgまで。それを知らずに20kg以内なら荷物を何個でも預けれると勘違いして、デカいスーツケースを持っていってしまい、オーバーチャージを取られた上に、その動揺からパスポートをそこに忘れ、搭乗の時に慌てふためいた上に中国に着いたらスーツケースのデカさをみんなに笑われたという苦い想い出がある。だが、今回はキャセイパシフィック。太っ腹だ。余裕でパラザックとスキー用バッグ共に18kg以内に。鉛のバラストが重いがどうせ預けるし。二度と同じ過ちはしねぇぜ★
 
 大会参加の日本人は7人。中国でいっしょだったのは、学生のテラ(寺尾有貴)と、足骨折して頭丸めたオーパの高木さん、ジェネスの熊(後藤)さん、星さん。あとは会ったことなかった川口竜太さんと、松原さん。
tera ← バナナ大好きモンキー、テラ
takagi ← 非常にお世話になった高木様
kuma ← ジェネスの熊さん
hoshi ← ファンキーなオヤジ、星さん
ryuta ← 超クール、川口竜太さん
matubara ← めっちゃいい人、松原さん
 
 松原さんは昔イケイケでPWCや世界選も出たりしてたが最近ごぶさたのようで、9月の日選で知り合った。今回は奥さん同伴。高木さんと松原夫妻は先に行ってて、残りは全員3日成田発組。1日発が取れたらおいらも成田発にしてたかも。しかし取れず。だからこの1日関空発はボッチ一人。ま、早く行っていっぱい飛べるからいいや。
 
 預け荷物カウンターへ行く前に、まず手荷物2つを隠そうと企てる。中国行く時に聞いたのだが、手荷物が多いと警戒されて、手荷物まで重さ計られたりするから。とりあえず近くにいた人の良さそうなおばさんたちに預かってもらう。そしてカウンターへ。
 キレイなお姉さんに「25kgまでですが、大丈夫ですか?」と言われる。大丈夫。余裕の顔で、「合計40kgまでですよね。」と聞くと、「いえ・・・。」
「?」??? ガーーーーン!!! またダマされたんか~!
またもや出鼻をくじかれたぞぉっ。駄菓子菓子!!今回は成長していたので、前回のように動揺してパスポートを忘れたりせず、反撃に出る。手ぶらのフリをして、バラストとか変圧器・充電器など重いものを中心に2袋10kgくらい減らして、合計27kgで許してもらい、おばさんの元へ。勝った。オーバーチャージはなんとか0に抑えた。。手荷物4つ+ウエストバッグで重いけど。
ふぅ~(-。-)

 飛行機は5時間半ほど乗って香港で乗り換え。また6時間乗ってデリーに着く。香港では、中国の時の元が使えるかと思いきや、香港ドル(HK$)やってビックリ。香港はNYを中華風にして狭くギュッと縮めた感じ。ウ○コ座り丸見えの中国とは違い、トイレに扉が付いている。都会やからかな?香港の夜の街をしばし徘徊し、うま~いワンタンメンを食べ、満足してデリーへ向かう。
 いつもの雲低までの飛びとは違い、雲の上を飛ぶフライトは爽快だ。下が雨でも雲の上はカンカンの晴れ。太陽が目に染みる。いい眺めだ。この雲の上を飛んでみたいなぁ♪

zzz・・・

11/2(火)

はじめてのインド、デリー観光 ~深夜のデリーでボッチ独り~

 デリーには、AM2時頃着く。ゆっくり出て荷物を待つがなかなか来ない。これは!もしやウワサに聞くロストバゲージか?と思ったけど最後にきた。出国してみても、他のツアーの迎えや家族とかは結構いるのに、誰も迎えがいない。到着時刻は伝えてあるので迎えが来るはずだ。何度も探すがいない。3時を過ぎても全然来ず、タクシー乗り場のある出口へ行ってみるけど、タクシーや危なそうなインド人に声をかけられるだけで大会関係者はいない。外は危なそうで、デカい荷物持って目をつけられたらヤバい。中に戻る。そうだ、電話しよう。
がっっ!
なんと!大会関係の連絡先を思いっきり全部忘れてしまっている。手掛かりも何もない、何も調べてない。かなり疲れてるので、ホテルに行って寝たいが勝手に動いたら二度と大会側と合流できなさそう。初めてきたインドの空港で深夜にデカイ荷物とパラと手荷物大量に持って、大会側と連絡も取れずにボッチ独り。あり得ねぇっ!インド人はみんな悪そうに見えるし!

 リーサルウェポン発動だ。後からくる東京のテラに朝早く(インドが3時で時差3時間半だから6時半)やけど国際電話をかける。寝ぼけたテラは、「今は大会の連絡先分からんけど、まだ1時間待ちなら忘れてるんか夜遅いから来ないだけかもしれんから、もう3時間ほど待ってみたら。」と寝ぼけたことを言う。寝ぼけとる。しょうがない。とりあえず、テラが連絡先ゲットするまで待とう。
 空港内とはいえ、油断はできない。イスに座って待つが、荷物からは決して目は離せない。あと3時間かぁ。一瞬たりとも気を抜くな、頑張れオレ!燃えろ、オレの小宇宙(コスモ)よ!!

うとうと・・・
zzz・・・
ふと気付くと、誰かが肩をたたく。
はぁあああっっっっっ!!!!!!!!!

寝てた。思いっきり荷物置きっぱで寝てた。やべぇ!

 その男は顔デカアジア系。男は言う。「アナタワパラフライヤーデスカ?」(英語で。)
そうだ。この人も迎えが来ず、ボッチ独りの様子。そこでパラザックを発見し起こした模様。時計は6時半頃。寝過ぎた。でも荷物は全部ちゃんとある!奇跡だ!おれは荷物を守り抜いたんだぁ!

 後で分かったが、その人はこの日到着の最後の人で、パラザックに気付かれなかったらそのまま置いてかれただろう。まさに奇跡。男の名はニクソン(Nixon)。インドネシアのパラのイントラをやってるらしい。ニクソンは大会の連絡先を持っていて、電話し迎えを呼んだ。ほっと一安心。これは、このインドの旅で起こった数々の奇跡のうちの一つ目だった。@インドの奇跡1@

 大会スポンサーのヒマチャルツアリズムのホテルに行き、シャワーを浴びる。去年行った人の話では、空港に迎えがきてそのままタダでホテルで寝れたと聞いてたのに、ホテル代2人部屋で750ルピーも取られた。しかもダブルベッド。ニクソンが多めに払ってくれて300ルピーで済んだけど、朝から夕方のバス出発までやから泊まりじゃないのに金取んな、と思った。
Nixon

5時のヒマラヤへのバスの出発まで時間があるので、デリーを観光することにする。

 インドの町はすごい。めっちゃ貧しそうな人から、ターバンをした金持ちそうな人まで、人だらけ。信号のない交差点の交通整理で停止して待っている車は、一台が痺れを切らしてクラクションを鳴らすと、朝の鶏の連鎖反応のようにみんながガンガン鳴らしだす。そして全員が、シグナルを待っているF1のシューマッハかのようにスタートを心待ちにエンジンをフカシまくる。この熱い男達の前には、車線はすでに関係ない!ジリジリと前に攻めていく。こうなるともう誰にも止められない。みんなでじわじわ進み円形の流れをせき止めると、一気にどわーっとなだれ込む。インドの男達の熱い魂を見た。交差点で繰り広げられるバトルでの攻め方、引き方、これはパラのコンペにも通じるものがある。すばらしい。

 で、観光は、第一次世界大戦での9万人の戦死者の名前が刻まれているインド門、ガンジーの墓、タージマハルも影響を受けたという世界遺産の宮殿(墓)、などなど。どこへ行ってもインド人がボッタクリ価格で土産を売ろうとしてくる。コブラの前で座って笛を吹いてるインド人もいた。
hebi

ちょーうまいタンドリーチキンとカレーを食べる。ちょっと高級感あふれる店だったけど、タンドリーチキンがめっちゃくちゃ最高に美味く、香ばしい香辛料とジューシーな肉の歯ごたえがたまらなかった。豆入りのカレーをナンみたいなのに包んで食べるのもうまかった。

 インドのトイレは、中国と違い扉がある(中国は溝があるだけで丸見え)。けど、あんまり紙はなく水が置いてある。これがウワサの左手で手ウォッシュレットだ。だからインドでは、ごはんは素手で食べるが右手だけで、左手は隠しておく。握手ももちろん右手じゃないと失礼だ。


 中国やインドではパラ以外でいろんなことを見て感じた。言葉の違いだけでなく、文化の違い、特に宗教の違い。ヒンドゥー教では、牛は神聖な生き物で、殺せず食べれない。飼育するのに金もかかるだろう。だから、町にはガリガリに痩せた野良牛が徘徊してることも。おはよう、とかの挨拶も、ヒンドゥー教徒には間違ってイスラム教の挨拶をしてはいけない。そして、インドでは、神様が3億人もいるらしい・・。彼らは神を崇拝している。
 貧しそうな子供達が、儲けが10円ほどのものを、信号で止まる車に必死に売りにくる。丸一日ドライバーを借り切って観光も案内させたタクシーは一人250円だった。少し中心街を離れると、英語をしゃべれる人はほとんどいない。町では、手や足の無い人、目が見えない人、赤ちゃんを抱いたガリガリの女の人、が道端で座り込んで缶にお金を恵んでもらっている。『これがアジアか・・・。』と、実際に自分の目で見て痛感した。
 中国でも思ったが、インドも貧富の差が激しく、価値観とかが全然違うんだろうなと感じた。貧しい人たちはそこで生まれて貧しい生活をし、死んでいく。でも、この世界には知らない国や文化、宗教、人、景色、食べ物、楽しみ、考え方が無限にある。だから、こんなにいろんな経験ができる環境、日本という国に生まれたことに感謝して、毎日を大事に、生きている限り精一杯のことをし、いろんな所に飛び出し、いろんな人に出会い、たくさんの体験をしたい。ま、インドの人達も、小さな町で小さな家族に囲まれて小さな幸せを大事にしてるんだろうし、それも大切だと思う。


観光を終え、バスに乗って15時間以上かけてヒマラヤへ向かう。
s-SANY0417.jpg


こうしてKEN1は、世界一高い山脈・ヒマラヤへと足を踏み入れる・・・


Episode零 終了
スポンサーサイト

テーマ:私のおすすめ - ジャンル:ブログ

  1. 2005/11/11(金) 13:49:21|
  2. デンジャラスな記憶。
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<平和カップ 11/12速報① | ホーム | 平和カップへGO!>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://ken1sky.blog32.fc2.com/tb.php/27-a59c4f45
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

KEN1&LUPIN the 3rd

Author:KEN1&LUPIN the 3rd
空を飛ぶのが好き。パラ&ハング。
クールでダンディな大人の男を
目指してます。
<携帯用URL>
http://ken1sky.blog32.fc2.com/?m

カレンダー

10 | 2017/03 | 11
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -

最近の記事

最近のコメント

寂しがり屋のKEN1へ一言。

カテゴリー

月別アーカイブ

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

リンク

このブログをリンクに追加する

天気予報


-天気予報コム- -FC2-

最近のトラックバック

ブログ内検索

RSSフィード

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。